去り行く「命」と生まれ出る「命」~同僚の親戚の戒名法要~「一燈照隅」と「亡己利他」~7/12(日)②

 おはようございます!

 

東京地方、久しぶりの青空。

と言っても、ここのところ夕方には晴れ間が見える時もありましたが、やはり、午前の日射しはありがたい。

我が書斎のベランダに置いてある鉢を観ると、嬉しくなります。

お客様から頂いた昨年の朝顔に種が出来て、その種から育てた苗がなんと蔓を伸ばしてポールに巻き付き始めました。

同じく、3週間ほど前に植えた枝豆の蔓もポールに沿って上に伸びてきました。

明日葉も大きくなっています。

 

なんでも成長するのを見るのは楽しみですね。

「命」を感じるからでしょうか。

 

「命」と言えば・・。

 

先週木曜日、顧問先の同僚の既に逝去された伯父様、叔父様3名の戒名法要(法名引導式)を、私の所属している日蓮宗の小さなお寺で執り行いました。

4月の半ばに質問があり依頼されてから、お寺の関係で色々な難事がおこり何となく進まず、やっと3ヶ月も立ってからの法要になりました。

お待たせした同僚と、鬼籍におられた3名の方々には申し訳なかったのですが、待たせてしまった上にご協力をいただいたお寺の幹部の先生方には感謝しかありません。

この間、3名の方の戒名を考え、これで良いのだろうか、私の様な者が付けさせていただいて良いのか、との煩悶もありました。

しかし、幹部のM先生にご指導・添削していただき、3名とも、とても立派な戒名になりました。

(ちなみに、お寺はお金を受け取ってくださいませんでした。)

 

法要当日、少しハプニングがあったのですが、結果的に御仏の智慧をいただいたとしか思えぬとても良いご法要が出来ました。

いつも読むのと違う、長くて難しいお経を読むのですが、家で練習していた時、なかなかすんなり読めず、すぐつっかえてしまっていました。

困ったなあ、と思っていましたが、本番では殆ど間違えずに読誦を終了する事が出来ました。

有難い事です。

読誦中、横に座している甥である同僚を通じて、お会いした事もないその方達の「命」を感じました。

 

去り行き、行くべきところに行く「命」と、新しくこの世に生まれ出て育つ「命」。

それらはすべて一なる大いなる「命」のそれぞれの現れ。

 

生きる事が面倒くさいな-と思っていた十数年前の自分への反省も含め、

他の方のために生きていきたいと思う今日この頃です。

「亡己利他」(by伝教大師最澄)ですな。

ただ、私を支えてくれる人たちのため、という限定付きなところが、私の未熟なところ。(笑)

 

しかしながら、伝教大師最澄は「一燈一隅を照らす」ともおっしゃっています。

世界平和のため!などと息まず、身の回りだけで良いし、それ以上の事は望まず。

でないと、「亡己利他」が「もう懲りた」となってしまいがちになるのが落ちですから。

 

・・おあとがよろしいようで・・。(^^)b

 

今日も、本気、正直、丁寧に!

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