おはようございます。
先週は、懸案だった仕事で思いがけない解決策が出てきました。
金融機関からの融資が下りないため、来年からかなりの大掛かりな迂回作戦を考えていたのですが、
瓢箪から駒、という感じで解決しそうです。
私はオカルターではないので、一概に言う気はありませんが、
何と言うかな…、正しい「祈り」は通づるのではないかと、この数年思うようになりました。
「正しい祈り」とは、自分を入れない事。
ただただその人のために、そしてその人と対立している人のためにも祈る事。
肉体的にも結構しんどい事ではあります。
仏教では「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」(三法印)という3つの言葉があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B3%95%E5%8D%B0
最初の「諸行無常」はよく聞く言葉ですからわかりますよね。
2番目の「諸法無我」は「すべてのもの事は自己ならざるものなり」と訳されています。
私は、この言葉を「すべてのものは自己を外して。自己以外の人のために。」と意訳します。
本職の出家坊主さん達からは笑われるかもですが、良いんです!
お経にしても祝詞にしても、実生活に役立てなければ意味はない。
そして、その心をもって祈れば、祈りは「意乗り」になる。
最近、頓にそう思うようになりました。
過去5年間にわたる相続アドバイザーの仕事を通じて、何度も経験した妙不思議。
もうダメ!という事が不思議とスルー出来た事が多くありました。
でもね、それで慢心することなく、いつもこの状態を保ちたいと思います。
なかなか、大変なんですが。(笑)
ちなみに、熱心な法華経徒であった宮沢賢治の有名な詩「雨にも負けず」の中にも、
「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ」 とあります。
そうなんだよね。人生の要諦はきっとそうなんだと思います。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/45630_23908.html
今晩、昨年、争続のトラブルをお手伝いして解決に導けたご家族。
その彼らに起きてしまった、新たな難しい人間関係の調整に参ります。
どうなるかな・・。
しかしながら、結果はどういう形になるにせよ、
きっと神仏は観ていてくれて、最良の結果を導いてくれると信じます。
「Amazing Grace」 by 吉野大地(歌), ウォン・ウィンツァン(ピアノ)
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ウォン・ウィンツァンさんは、若いころ、何度か一緒に瞑想合宿した仲。
最近も元気でご活躍のご様子。
久しぶりに会いたくなりました。
週末も、本気、正直、丁寧に!
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