突然の別れ~ラッキー、10年と10ヵ月、ほんとうにありがとう ⑤ 1/10(日)

  • おはようございます。

ラッキーの話を続けます。

すいません、今日は、少し長くなります。

 

昨日は、救急病院で、ラッキーが余命宣告を受けた事をお伝えしました。29日(火)の午後2時頃の事でした。

・・・・・・

 

病院で処置をしてもらって元気になったラッキーは、家へ向かう車の中では、家人と娘がいる事が嬉しいようで、時々、クンクン、と甘えておりました。

 12月27日帰路の車中で

とりあえず、庭に連れて行くと、そのまま犬小屋へ行きました。

 

獣医さんは、いつ何があってもおかしくは無い と言っていたので、家の中に入れる事も考えました。

 

しかし、ラッキーは、庭が好きで、特に暑い夏場や冬の寒い時、家の中にいれるとかえって落ち着かなくなるので、重症になるまでは、普段通りにしてあげようと思いました。

 

また、今年の冬は暖かいという事もありました。

 

この日と翌30日は、朝晩の短めの散歩と、わずかな餌と、大量の水。

 

31日大晦日は、娘と息子が仕事休みで、昼と夕方の2回、散歩に連れて行きました。

 

子供たちを大好きなラッキーは、喜んで、お気に入りの広場に寝転んで、いつまでも帰ろうとしなかったとの事。

 

餌は、ほんの少しだけ。しかし、落し物は、普段より多め。

子供達も不思議がっていました。

 

子供たちとの2回目の夕方の散歩から帰ってきた時の事。

 

玄関で話声がするので、2階で新年の神棚の飾りつけをしていた私が下りていきました。

玄関にはラッキーと家人、子供達がいました。ラッキーは、私が持っていた神棚の物を興味深げににおいを嗅ぎました。

 

 

(o)  「年明けに、N動物クリニックに行って入浴・マッサージしてもらい、家の中にいれてやろう。家中毛だらけになるけどね。」

 

Nクリニックは、行きつけの動物病院では無いのですが、1年に1回、入梅前にサマーカットしてもらい、入浴と体のケアをしてもらっていました。

 

皆、うなずき、ラッキーは庭に戻っていきました。

 

・・・しかし、私の見通しは甘かった。

なぜ、その日のうちに、家に上げてあげなかったんだろう・・・。

 

 

例年になく気が重い元旦を迎えました。

 

朝、何事もなく、伸びをしながら小屋から出てきたラッキーを見て、ほっと安心。

 

散歩の前の習慣で、私からリードを受けとり、口でくわえて、私の足の間を何回もくぐります。

 

その後、寝そべって、お腹を見せるのですが、この日は、そのまま伏せをしてしまったのが、いつもと違う所でした。

 

 

いつものように、天祖神社へ。

元旦なので、通常と違い、門を大きく開け放してあります。 境内には誰もいず、いつもかわいがってくださる世話役さんの姿も見えません。

ラッキーは、少し探していましたが、諦めて、私の参拝の間、伏せをして待っていました。

 

いつもは、入り口のあたりで立って待っているのですが。

 

やはり、疲れてるんだな、と思いましたが、ラッキーは、通いなれた散歩道を元気に歩いていきます。

途中、犬友さんから、「お利口さん!」と言われて、軽く尾を振って挨拶。

 

もっとも、元旦なので、一人しか出会いませんでした。

 

ちゃんと出すものを出しました。殆ど、食べていないのに、不思議だな、と思いました。

 

そして、いつも行く公園で、水を飲みたがりました。

 

しかし、この数日は朝は寒かったので、家でお湯を用意させていました。

 

冷たい水を飲ませたくなかったので、「ラッキー、帰ろう!」と促しました。

 

しかし、珍しく頑固でした。

水道から離れず、私の顔をじっと見ています。

何かをわかっているような、訴えるような眼でした。

 

仕方なく、水道の蛇口をひねりました。

思った以上に大量に水を飲みました。はらはらしました。

 

何故、そうしたかは、後になって分かりました。

 

やっと飲み終わり、いつものようにお気に入りのベンチに上がりました。

元旦の朝、沓掛公園にて③

最近は、疲れているのかすぐ坐りたがるのですが、この日は立ったままでした。

元旦の朝、沓掛公園にて④

ふと思いついて、写真を撮りました。動画も少し。

 

お気に入りの公務員住宅の広場を通り、家に戻りました。

 

(o) 「ラッキー、お疲れさん!」

 と言いながら、庭にはいったその途端、

ラッキーは、いきなり、大量に嘔吐しました。

胃の中は空っぽでしたから、全部が先程飲んだ水と胃液と少量の血液。

まるで、体の中をすべてきれいにしておこう、というような 感じでした。

 

小屋で休ませて様子をみました。

落ち着いて、じっとしていました。

 

しかし、昼になって、妻と相談のうえ、家に入れました。

なかなか、動かず、玄関に回るのもやっと。

 

抱き上げて、居間に運び、ストーブの近くに毛布やシーツを敷いて、その上に寝かせました。

彼は、ずっとうずくまっていました。

うとうととしている感じ。

 こんな事なら、昨夜、家に入れてあげればよかった。

後悔が胸を刺しました。

でも、少しずつ元気になって、顔を上げて周りを見回しています。

 

落ち着かないのかな、と思いましたが、そうではなく、ここにいるのを喜んでいる感じ。

それを見て、少し、安心しました。

 

それで、午後3時半頃、私は自転車で、近くの父のケアハウスへ行く事にしました。

 

出掛ける時、ラッキーは頭を上げて、私の顔をじっと見ました。

大きくて澄んだ優しい目でした。

 

まさか、と思っていたのですが。

 

ケアハウスで一時間くらい過ごしました。この日は、車いすに父を乗せて、館内を一周。その後、ケアハウスで暮らしているおばあさん達に、歌をせがまれて、いつもより時間が遅めに。

 

自転車で家に向かう途中、わたる寸前で西武新宿線の踏切が遮断。

 

遮断機が上がって少し走ったところ、あと数分で家、という辺りで、

ジャンパーの胸ポケットの電話が鳴りました。

 

家人からでした。

 

(・_・)「今、どこ!? ラッキーが・・!」

 

(o)  「え!今、帰り道だから、すぐだから!」

 

(・_・)「早く、早く!」

 

自転車を飛ばしました。

 

早稲田通りの信号も無視。

 

靴を脱ぐのももどかしく、家に駆け込みました。

 

・・・しかし、玄関で聞こえた、家人の泣きながらラッキーを呼んでいる声が、すべてを語っておりました。

 

居間には、ラッキーを懸命に撫でさすっている家人の姿。

 

走りこんだ私は、ラッキーの頭を抱え、彼の名前を大声で呼び続けました。

 

しかし、既に幽明境を異にしておりました。

 

僅か、数分の差で間に合いませんでした。

 

(・_・)「ひどいよ、ラッキー、なんで、お父さんを待っていてくれなかったの・・!」という家人の泣きながらの訴えが、胸に響きます。

 

私もラッキーの頭を抱えて、名を呼び続けましたが、答えてはくれません。

しかし、まだ暖かく、毛もやわらかく、まるで生きているかのよう。

 

だけど、泣いている妻と、一生懸命ラッキーをさすりましたが、還ってはくれませんでした。

 

私は、静かに彼の目を閉じ、口を閉じました。

私の掌には、ほんの少しの湿り気が残りました。

そして、だんだんと冷たくなっていく、その彼の頭の重さを両腕で感じていました。

 

いつの間にか 居間の中はすっかり暗くなってしまっていました。

 

家人も私も、もう、ラッキーに呼びかける事も無く、ただ、彼の体をなでているだけでした。

ガスストーブの光が少しだけあたりを照らし、燃える火の音だけが静かに響いておりました。

(続)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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