6/15(日)生保のスーパースター森松さんから触発されまして④・・・黒猫ハッピーの話その④(最終

こんにちは~。

昨日、今日と、爽やかな週末ですね。

先週の大雨が嘘のようです。

 

しかし・・さっきまで見ていたのですが、サッカー・コートジボワール戦、残念でした!

でも、次に期待しましょう。

 

・・・・という事で、唐突ですが、(^^; 黒猫ハッピーの最終話を語らせて頂きます。

 

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私の父・テツローは、北海道の地方銀行の行員でした。

 

若い頃は、政治家になりたいという夢があったようで、室蘭から東京に出て、中央大学の法学部の学生になりました。彼の祖父の代に山形県米沢で没落した旧家の再興、という事も頭にあったと思います。

 

しかし、太平洋戦争が激しくなるとともに、祖父が在学中に亡くなった事もあり、学業半ばで室蘭に戻りました。

 

戦中・戦後の大変さはどこの家庭も同じでしたが、父は姉妹や弟、病弱な母親を抱えて、頼る人もなく、とても苦労しました。

 

そんな父の夢は、子供の頃読んだ西洋偉人伝の影響で、立派な洋犬を飼う事。良し悪しは別として、血統書付きの犬にこだわったのは、その頃読んだ本の影響のようです。

 

なので、私は物心つく頃から、スピッツ、ワイヤーテリア、スコッチテリア などに囲まれて育ちました。

 

・・・子供の頃の私からみれば、血統書にこだわるなんて、犬に対する本当の愛情ではない、ただの「見栄」としか思えませんでした。ボスの死のあとでもその思いはずっと拭えませんでした。

 

実は、これが、私の父に対する怒りの象徴のひとつでもありました。

 

 

…さて、ハッピーの話に移します。

 

北国にやっとおとずれたある穏やかな夜、夕食後にちゃぶ台を囲んで家族がくつろいでた時。

 

いきなり父が、珍しく、(-.-)y-~「ハッピー。」とやさしく呼びました。

 

何かで腹を立てた時以外、父がハッピーを呼ぶ事などないので、母も姉も私も何が起きたのかと、固まってしまいました。

 

ハッピーは、目を閉じたまま、耳をちょっと動かしただけで、例の茶箪笥の上から動きもしません。まず、父のところには、寄り付かない猫でした。

 

(・∀・)

 

父は照れ臭そうに、(-.-)y-~「いや、ちょっと・・。」

 

皆が、父を見つめます。

 

父はしばらく黙っていました。

 

(-.-)y-~「実はなぁ・・。ボスが死んだのが朝5時過ぎだったろ。母さんは、茶の間でうたたねしていた。だから、父さん一人で見送ったんだけど、子供の頃からの夢が消えてしまったようでな。俺の人生はいつもこうだ、とか思ったりしてな。・・・ちょっと涙が出てたんだわ。」

 

「そしたら、なんか、背中が暖かいわけ。ふと、気が付いたら、ハッピーが、俺の背中にすり寄っているのさ。 そしてそれから、俺の膝の上に乗ってきて、

前足を、こう俺の胸に当てて、ニャーンて鳴いたんだわ。俺、びっくりしてな、ハッピーを見たら、ハッピーも、俺の目をじっと見てるわけ。…どれくらいそうしてたかな…。」

 

家族みんなが、ちょっと言葉がでませんでした。

 

ハッピーは、その間もじっと目をつぶったまま。

父の話を聞いていたのかいないのか・・。

 

静かな夜でした。

 

 

 

 

…それから、ハッピーが父に近づいた事は、私の記憶の限りありません。

昨日、姉に電話して聞きましたが、姉も覚えがない、との事。

 

なにしろ、父の猫嫌いは筋金入りでしたから、それはない、と思います。

だからこそ、前回お話しした事と、父から聞いたこの事だけが、鮮やかに記憶に残っています。

 

その後、我が家は父の転勤に伴い、旭川に引っ越しました。寒さの厳しい土地です。

 

ハッピーは、そこで亡くなりました。享年は6歳くらいだと思います。

 

残念ながら、最後は家族のだれも看取ってはいないのです。

 

年老いて体調が悪くなっていた彼女は、いつもじっと目を閉じていました。

時々、なにかの物音に目を開けて、猫にしては優しすぎる目で私たちを見ては、また目を閉じました。ふと見ると、まるで置物のようでした。

 

そして、ある日、忽然と姿を消しました。季節は、秋だったと思います。

家族みんなで、必死で探しましたが、見つかりませんでした。

 

そう、猫嫌いのあの父も。

 

銀行から帰ってきた彼は、背広のまま雨の中遅くまで 探しに出ました。

あまり遅いので、心配していたら、肩先を濡らしながら帰ってきました。

 

玄関先で一言、「いない。」と言ってお風呂場に行きました。

長い事、出てきませんでした。

 

母と姉は、ずっと泣いていました。

 

猫は、親しい者には死期を知らせない、死ぬ姿を見せない、といいます。

まさしくそのいい伝え通りでした。 

 

 

 

その年の春、私たち家族は父の転勤で、旭川を離れ、函館へ移り住みました。

私が小学校6年になる時でした。

 

トラックには、飼っていた犬が不安そうに移動用の檻に入っていました。

しかし、猫用の檻は・・・旭川の家の物置においていきました。

 

 

新しい土地で我が家はまた、猫を飼う事になります。

ご近所からたのまれた事で、もらう事になったのです

 

不思議な事に今度の猫も黒猫で、喉元に同じように親指大の白い毛が生えていました。名前はハッピーを受け継がせました。

 

また、猫を飼う事に着いて、父は何も言いませんでした。

 

相変わらず猫嫌いなので、新しいハッピーもやはり父にはなつきませんでしたが。

 

この子も6年くらい家にいて、それなりに幸せに暮らしていましたが、やはりある日いつの間にか消えてしまいました。

 

同じように悲しかったのですが、我々家族は、やっぱり来る日が来たんだ、と悲しみの中で納得していました。

 

 

会うは別れの始め。だから今、目の前にいる者を、人に限らず、動物に限らず、この瞬間に愛おしみたいものです。

 

 

長い話にお付き合いいただき、心から感謝します。

 

実は…、この拙文を書き進めていくうちに、父が、本当は飼っていた犬達、猫達を、本当は家族のように大事に思っていたんだと、改めて気づく事ができました。

それが本当に嬉しい。

 

ありがとうございました。

 

 

「ありがとう」 by KOKIA

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皆さま、良い週末を!

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