こんにちは。
先週、スーパー介護人の坂本君と荻窪で飲みました。

彼の就職祝いで、
先々週、東北地方の友人が来た時に使った『岩手料理の店あさ水』にて。




彼の能力と人柄を知っているので、私の友人・熱血若手経営者の経営する老人介護施設を紹介したのですが、
転職して来てすぐに、抜擢されて一事業所を任され、そこをどんどん改良して行ってくれています。
彼が使う「真我の技」は、実践に則り、利用者さんも部下・同僚達にも浸透して行っているようです。
本家の方は?ですが、彼のように教えてもらった技をきちんと使いこなしている人を見ていると、
「藍は藍より出でて藍より青し。」という言葉が思い浮かびます。
最近、実質的にそこを離れたNさんは、私のビジネスパートナーでもあり、真の友でもありますが、
彼も、損害保険を中心とした営業、という自分の仕事にその技を使っています。
2人とも、既に本家を超えている感あり。
ちょっと難しい話をします。
古来伝統的なキリスト教を否定し「超人思想」を唱えたニーチェ。
その代表作「ツァラストラ かく語りき」の前半にある、「精神の三段変化」
彼は、精神の成長段階を、「駱駝」→「獅子」→「幼子」と3段階に変化するとします。
・最初の「駱駝」は、師の教えに隷属する。まあ、奴隷の段階。
↓ ↓ ↓
・「獅子」はその状態の矛盾等に気が付き、そこから飛翔して自由になる。他の教えも学び、自分にとって何が一番大事なのかを
探し求める。そのためにはかつての師を否定し、過去の自分をも否定する事すらある。特にかつての師の矛盾に気が付くと、怒りが増す。
↓ ↓ ↓
・最後の「幼子」は、第一段階からも第二段階からも離れ、新しい創造に向かう。過去の教えも精神的成長も無くなるわけでは無く、すべて消化している。
そして、そういう新しい自分の哲学を実践している。
「駱駝時代」の教えも「獅子時代」の考えも、顔を出す事はあるが、その人が言うと、違って聞こえる。
私は、ニーチェは「駱駝」から「獅子」、「獅子」から「幼子」に変化する、と言っていますが、
私は、アウフヘーベンする という事だと思っています。
※アウフヘーベンとは、あるものを、そのものとしては否定しながら更に高い段階で生かす事。矛盾するものを更に高い段階で統一し解決すること。止揚。揚棄。
私が言うのも僭越ながら、坂本君も、Nさんも、その段階に差し掛かっていると思います。
私の朋輩の生命保険営業のMさんもそうですが、時々、「獅子」が色濃く出ます。(笑)
ある地方の友人などは、せっかく「獅子」の所まで来たのに、
また、「駱駝」に戻ろうとしてしまう。
そりゃね、「獅子」になるのは怖いですよ。
誰かに監督してもらう「駱駝」は、「らくだ」もん。 ヾ(・・)ォィォィ、
まあ、良くある事です。
でもね、それは他人に人生を委ねるのと同じなのですが。
私自身、今、法華経(仏教)という人類4,000年の叡智に触れる機会に恵まれていますが、
なかなか、その真意を組むのは難しい。
でも、お客様のためにと、足かけ一年半、毎朝読経していると、分からないなりに、先祖・神仏と対話している感覚があります。
そうすると、色々な事がスムーズに、大難が小難に、小難が無難に、という感覚がつかめるような気がします。
結局、見えない世界が見える世界を包み込んでいるように思えます。
まあ、今日は、この辺で。
週末も、今日も、本気、正直、丁寧に!
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